のれんの非償却は見送りに|2026年の検討の流れ・償却期間の考え方・M&A実務への影響

日本の会計基準で「のれんの非償却」を認めるかどうか。2025年から続いてきたこの議論は、2026年7月27日の企業会計基準諮問会議で、非償却の導入を基準開発のテーマとして提言しない、という結論に至りました。一方で、償却期間の考え方の明確化と「のれん償却前営業利益」の情報提供については、企業会計基準委員会(ASBJ)が新たに検討を始めています。

本記事では、のれんの非償却をめぐる検討の流れを一次資料に沿って整理したうえで、これからM&Aを行う買い手企業にとって何が変わり、何が変わらないのかを解説します。

のれんの非償却とは|何が問題になっていたのか

日本基準とIFRS・米国基準の違い

日本基準では、のれんは「20年以内のその効果の及ぶ期間にわたって、定額法その他の合理的な方法により規則的に償却する」と定められています(企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」第32項)。つまり、買収で生じたのれんは、毎期の費用として営業利益を押し下げます。

これに対して、米国基準は2001年、IFRSは2004年に、のれんを償却しない方法(非償却)へ移行しました。非償却のもとでは、のれんは原則として減損テストによってのみ減額されます。国際的に見ると、のれんの規則的な償却を求める日本基準は少数派になっています。

提案側が問題にした「のれん負け」

のれんの非償却を求める側が挙げた最大の理由は、M&Aの阻害です。買収価格が対象会社の純資産を大きく上回るスタートアップの買収では、多額ののれん償却費が連結の営業利益を圧迫します。いわゆる「のれん負け」です。

経済同友会の調査では、7割を超える経営者が「規則的償却がM&A検討の障害になる」と回答したとされています。また、IFRS任意適用企業との比較で利益指標が不利に見えること、AI・デジタル時代の無形資産型ビジネスに規則的償却が合わないこと、なども理由として挙げられました。

のれんの非償却への反対論「too little, too late」

一方で、非償却には根強い反対があります。非償却のもとでは、のれんは減損が認識されるまで貸借対照表に残り続けます。そのため、業績が悪化してから多額の減損損失が一度に計上される「too little, too late(少なすぎ、遅すぎ)」の問題が、IASBの検討でも繰り返し指摘されてきました。

規則的な償却であれば、買収の効果が時間とともに薄れていく実態を毎期の費用として反映でき、減損による損益の急変を避けやすい、というのが償却を支持する側の主張です。経団連は情報要請へのコメントで、これに加えて、非償却へ移行した米国や中国では基準変更後にのれん残高が大幅に積み上がり、償却の再導入が実務上極めて困難になっていると指摘しています。一度非償却にすると元に戻しにくい、という不可逆性の問題です。

のれんの非償却をめぐる検討の流れ|2025年5月から2026年9月まで

のれんの非償却をめぐる検討の流れ(2025年5月のテーマ提案から2026年9月のASBJ決定まで)

のれんの非償却をめぐる検討の流れ

テーマ提案から公聴会まで(2025年)

今回の議論の出発点は、2025年5月30日に経済同友会などが財務会計基準機構(FASF)へ提出したテーマ提案です。同年6月13日には、政府の「規制改革実施計画」に「のれん償却費の計上区分を営業費用から営業外費用へ変更(短期)」「のれんの非償却(中期)」が盛り込まれ、政策面からの後押しも加わりました。

なお、FASFは会計基準を開発するASBJの母体となる組織で、企業会計基準諮問会議はFASFに置かれ、ASBJが取り組むべき新たなテーマを提言する会議体です。本記事で「事務局」とあるのは、この諮問会議の事務局を指します。

このテーマ提案は、2025年7月11日の第54回諮問会議で審議されました。提案者は、経済同友会ほか12団体、スタートアップ有志35社、企業経営者有志138名の連名です。提案の内容は、次の2点です。

  • のれんの非償却の導入(既存の償却との選択制を含む)
  • のれん償却費の計上区分を、販売費及び一般管理費から営業外費用または特別損失へ変更すること

諮問会議はASBJに対して意見聴取を依頼し、ASBJは2025年8月から11月にかけて6回の公聴会を開きました。財務諸表の作成者・利用者・監査人・学識経験者が対象で、提案に賛同する側だけでなく、異なる見解を持つ関係者からも意見を聴く形が取られました。

追加の意見聴取と情報要請(2025年11月〜2026年6月)

2025年11月17日の第55回諮問会議では、追加の意見聴取を行うことが決まり、2026年1月から2月にかけて公聴会が2回追加されました。続く2026年3月13日の第56回諮問会議では、事務局から「償却を維持することが有力な選択肢になる」との分析が示されるとともに、広く一般から意見を募る情報要請を行うことが決定されました。

情報要請は2026年4月1日に公表され、6月5日を期限として72件のコメントが寄せられました。のれんの非償却の導入については、支持する意見が14件、支持しない意見が26件と、反対がおよそ2倍でした。また、第56回諮問会議では、強い意見を持つ関係者への追加の公聴会を開くことも決まっており、6月29日に9回目の公聴会が開かれました。経済同友会は6月22日に「改めてのれんの非償却を求める」と題する文書を公表し、この公聴会でもその内容が示されています。

諮問会議の結論とASBJの決定(2026年7月〜9月)

2026年7月27日、第57回企業会計基準諮問会議は、のれんの非償却の導入、償却と非償却の選択制、償却費の計上区分の変更のいずれもASBJに提言しないことを決めました。代わりに、後述する2つのテーマをASBJに提言しています。

ASBJは、2026年8月10日の第582回委員会でこの提言を受け取り、9月3日の第583回委員会で、提言の内容に沿って新規テーマとして対応することを決定しました。翌9月4日に改訂された「現在開発中の会計基準に関する今後の計画」には、のれんの会計処理及び関連する開示の検討が追加されています。

諮問会議が非償却を見送った理由

事務局分析:償却モデルの方が財務情報として有用

諮問会議の事務局分析では、財務報告の概念フレームワークにある質的特性(表現の忠実性=経済実態をありのままに表しているか、比較可能性、コストとベネフィットなど)に照らして、償却モデルと非償却モデルが比較されました。結論として、総じて非償却よりも償却の方が表現の忠実性やコスト・ベネフィットの観点で有用な財務情報の提供に資するとされ、現時点で非償却が現行の償却モデルを上回る有用性があるとはいえない、と整理されています。

それまでの諮問会議でも、委員から、会計理論上の新たな理屈は見当たらなかったという指摘や、想定外の下振れ要因が生じたときにしかのれんを処理できない会計モデルへ簡単に移行すべきではないという意見、貸借対照表上の簿価は企業価値評価のアンカーとしての役割を期待されているという意見が出ていました。

基準開発に「少なくとも3年」かかる

もう一つの理由は、開発期間と影響範囲です。仮にのれんの非償却を導入する場合、企業結合会計基準だけでなく、固定資産の減損会計基準の見直しと、日本基準にはまだ存在しない包括的な無形資産の会計基準の新規開発が必要になる、と事務局は分析しています。

事務局の見積もりでは、非償却の導入には基準の公表まで少なくとも3年、その後さらに周知・準備期間が必要とされました。これに対して、現行の償却を前提に償却期間・償却方法の考え方を整理する場合は、1〜2年程度で対応できる見込みです。日本だけが償却を続けることで国際的な比較可能性が損なわれる社会的コストを指摘する委員も、非償却を提言しないという事務局の結論には賛同しており、現時点で非償却を提言すべき状況にはない、という点で意見が一致しました。

これから何が変わるのか|償却期間の考え方と「のれん償却前営業利益」

償却期間・償却方法の考え方が明確になる

ASBJが新規テーマとして取り上げた1つ目は、企業結合会計基準第32項の適用に関する実務上の課題への対応です。具体的には、償却期間および償却方法の考え方を明らかにすることで課題に対応できるかどうかを検討します。

意見聴取では、次のような実務上の課題が挙げられていました。

  • 投資回収期間を基準に償却期間を決めると、有望な案件ほど回収が早く、償却期間が短くなるという矛盾がある
  • 買収価格を決める段階では償却年数が確定しておらず、損益への影響が読みにくい
  • 償却期間が会社によってさまざまで、企業間の比較が難しく、恣意性が入りやすい

事務局の分析では、標準となる償却期間(デフォルト)を置いたうえで、実態を反映する場合の例外を認める方向も選択肢として示されています。ただし委員からは、デフォルトを置くと実質的に償却期間がルール化されるおそれがある、新たなガイダンスが実務の混乱を招かないよう有用性を慎重に見極めるべきだ、という慎重論も出ています。諮問会議は、第32項の適用を支援するという基本認識で検討するようASBJに求めました。

「のれん償却前営業利益」の情報提供

2つ目は、のれん償却費を営業費用に計上する現行の処理を維持したうえで、のれん償却前営業利益の情報提供の見直しが会計基準等の改善につながるかを検討することです。

海外投資家への説明で、のれん償却費を除いた営業利益を用いている企業が実際にあることや、個人投資家にとって分かりやすいという意見が背景にあります。事務局は、営業利益に至る過程で小計として表示することは検討の余地があるとする一方で、経常利益や当期純利益の段階まで展開するのは難しいとしています。損益計算書への強制表示には慎重な意見もあり、諮問会議も慎重な検討を求めています。

ASBJは、この2つのテーマを並行して審議します。進め方は、まず考え方の明確化などで実務上の課題に対応できるかを検討・判断し、対応できると判断した場合に具体的な取り組みを進める、という2段階です。会計基準や適用指針の開発に限らず、基準そのものは変えずに適用の参考となる補足文書で対応する可能性も残されています。

M&Aを行う買い手企業が今すべきこと

現行ルールは変わらない前提で計画する

まず押さえておきたいのは、のれんの非償却が見送られた以上、当面のM&Aは、現行の「20年以内の規則的な償却」を前提に計画すべきだということです。買収の意思決定の段階で、のれん償却費が翌期以降の営業利益に与える影響を試算しておくことが、これまでどおり重要になります。

なお、のれんを償却しない会計処理を採用したい企業には、IFRSを任意適用するという選択肢があります。経団連もコメントの中で、スタートアップ支援が必要ならIFRSへの円滑な移行を支援すべきだと述べています。ただし、IFRS移行には相応のコストと人材が必要で、単体財務諸表は日本基準のままである点には注意が必要です。

償却期間の根拠づけが、いっそう問われる

今後、償却期間・償却方法の考え方が整理されると、監査法人からは「なぜその年数なのか」という説明を、これまで以上に求められるようになると考えられます。投資回収期間、事業計画の期間、超過収益力が持続すると見込まれる期間など、根拠となる考え方を買収時点で文書化しておくことが有効です。

ここで鍵になるのが、取得原価の配分(PPA)です。PPAで顧客関連資産や技術、商標などの無形資産を適切に識別すると、のれんとして残る金額の中身(人的資源やシナジーなど)がはっきりし、償却期間の説明もしやすくなります。逆に、無形資産の識別が不十分だと、のれんの金額と償却期間の両方について、監査で説明に苦労することになります。

「のれん償却前営業利益」が導入されても、無形資産の償却費は残る

仮に、のれん償却前営業利益の表示や開示が導入されたとしても、対象となるのは「のれん」の償却費だけです。PPAで識別した無形資産の償却費は、営業利益の中に残ります。

つまり、PPAで無形資産にどれだけの金額を配分し、何年で償却するかが、これまで以上に業績指標の見え方に直結する可能性があります。無形資産の識別と耐用年数の設定は、会計処理の問題であると同時に、買収後の業績をどう説明するかという経営の問題でもあります。

まとめ

  • 2026年7月27日の企業会計基準諮問会議は、のれんの非償却の導入、償却との選択制、償却費の計上区分の変更のいずれも提言しないことを決めました。
  • 理由は、事務局分析で償却モデルの方が有用な財務情報を提供すると整理されたこと、非償却の導入には少なくとも3年の基準開発と無形資産基準の新設が必要と見積もられたことです。
  • ASBJは、償却期間・償却方法の考え方の明確化と、のれん償却前営業利益の情報提供の見直しを、新規テーマとして検討しています。基準等を開発するかどうかは今後の検討次第ですが、諮問会議事務局は償却を前提とした整理であれば1〜2年程度で対応できると見積もっています。
  • 買い手企業は、現行の償却ルールを前提に買収を計画したうえで、償却期間の根拠づけと、PPAによる無形資産の識別を丁寧に行うことが求められます。

当社では、PPA(取得原価配分)における無形資産の識別・評価と、のれんの償却期間の検討(監査法人との協議を含む)を支援しています。買収を検討中の段階でのご相談も承っていますので、お問い合わせフォームからご連絡ください。

参考にした一次資料

 

執筆者

田邉 健介(公認会計士)

Keystone Advisory

監査法人トーマツ、PwCアドバイザリーにてバリュエーション・PPA業務、法定監査、IPO支援に従事。PEファンドでの投資先取締役、事業会社での発行体としてのIPOを経て現職。

 

※本記事は執筆時点の公表資料に基づく一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の会計処理や意思決定に関する助言ではありません。会計基準の検討状況は今後変わる可能性があります。実際の適用にあたっては、監査法人等の専門家にご確認ください。